【DXの定義の解説②】エリックストルターマン氏定義(2004年)
エリックストルターマン氏の定義(2004年)
“The digital transformation can be understood as the changes that digital technology caused or influences in all aspects of human life.”
— (エリックストルターマン教授論文「Information technology and the good life」(2004)2章より
“人々の生活のあらゆる側面に、デジタル技術が引き起こしたり、影響を与える変化のことである”
— (弊社訳)
“ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる”
— (wikipedia 日本サイトに現在掲載の日本語訳)
なお、現在エリックストルターマン氏は、米国インディアナ大学副学部長を務める傍ら、弊社株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所のエグゼクティブアドバイザーとして、日本でのDXの普及活動を支援中。DX実践道場の講師なども務める。
参考
「Information Technology and the Good Life」論文原文
「Information Technology and the Good Life」論文全体の弊社による和訳
弊社発表「DX提唱者エリックストルターマン氏エグゼクティブアドバイサーに就任」
提唱の経緯
世界で最初に「デジタルトランスフォーメーション(以下DX)」という言葉を提唱したのは、当時スウェーデンのウメオ大学の教授であったエリックストルターマン氏であり、同氏の論文「Information Technology and the Good Life」の中で初めて以下の通り表現されたものである。
原文におけるDXの定義としては、”The digital transformation can be understood as the changes that digital technology caused or influences in all aspects of human life.”と記述されている。
従来情報システム(IS)の延長ではなく、我々の生活における美的体験(Aethtetic experience)を向上させ、継続的に変容させるものとして、DXという概念およびそれを研究領域とすることの必要性を提唱したのが論文の目的である。現在日本では、社会のDX、産業のDX、行政のDXなど、様々なDXに関する取り組みが進んでいるのに対し、世界最初のこの定義は、社会全体のDXについて述べたものである。
日本でのDXブームへの発展
この最初の定義から12年後の2016年に入り、2016年にIDC Japanが日本企業のDXの取組みについて調査結果を発表したこと、ベイカレントコンサルティング社が本邦初のDX本「デジタルトランスフォーメーション」を出版したことなどが、きっかけとなり、日本国内で「民間企業がDXする」というコンセプトが認知され、その後年月をかけて、昨今のDXブームにまで発展した。当初のエリックによるDXの定義が社会のDXを指すものであったため、弊社デジタルトランスフォーメーション研究所が2017年に民間企業にとってのDXの定義を制定したことを踏襲し、さらに2018年に経済産業省が民間企業にとってのDXの定義を打ち出したことから、DXという言葉が「民間企業のDX」を指す言葉として多く使われるようになった。その結果、社会のDXや民間のDXなどを区別する必要性が高まったため、当社はエリック・ストルターマン教授と共同でこれらを整理したデジタルトランスフォーメーションの新定義を制定した。
参考(新定義の弊社発表ページ)
参考(他のDX定義の解説)
デジタルトランスフォーメーション研究所定義(2017年)の解説
米国や中国などのDX先進国においては、DXという概念に近いものは存在するものの、DXという言葉をフィーチャーして扱っている様子はあまり見られない。英語圏においては、一般的な単語の組み合わせであるために、コンセプト、キーワードとしての存在感が強くないものと予想される。ただ、これらの国においてDXが行われていないわけではなく、強力かつ先見性のある経営者のリーダーシップの元 に、価値提供の仕組とそれに伴う企業変革に成功した成功事例(マイクロソフト、Adobe、平安保険など)が、新しい企業価値を創造し伸ばしていることはよく知られている。
日本においては、そこまでの強力なリーダーシップを発揮できる組織トップが少ないため、日本ならではのDXのあり方についての議論が深められている他、日本独自の民間企業にとってのDXの定義を経済産業省が実施し、表彰制度や補助金なども含めた支援策を展開している。このように政府主導で企業のDXを推進している国は例が少ない。なお、ウクライナは「Minister of Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション省)」を設置し、国のデジタル戦略全般を担当しており、ロシアからの侵略に対してもサイバー軍構築、ドローン軍構築などの素早い動きを侵略翌日から展開し、その存在感を見せつけたが、民間企業のDXの促進を主たる活動とする組織ではない。日本では、2021年にデジタル庁が発足し、優秀な人材を確保しているものの、中央省庁全体の縦割りや他省庁との役割分担や調整。既存の制度の課題、行政トップのデジタルスキルの問題などから、ウクライナのようなアジャイル(素早く実施してから検証をすることによりより早く利用者が求めるサービスに行きつくこと)な活動は出来ていない。日本で民間企業のDXを推進する活動は、主に経済産業省が中心となって2018年から進めている。
定義と論文の解説
デジタル技術が人々の生活のあらゆる側面に
「デジタル技術」とは、IoT、ビッグデータ、データサイエンス、AI、ロボティクスといった革新的技術により世界のあらゆる事象がつながっていくことを指している。また、従来の情報システム(IS)と異なり、「美的体験」を評価する方法を確立することの重要性を語っている。つまり、今でいう「顧客接点をデザインし、顧客体験価値を向上させること」の手段としてのデジタル技術の活用と捉えられている。また、当時は民間企業のDXの話ではなく社会のDXの話であったため、顧客体験ではなく「美的経験」という用語が使われている。
「人々の生活のあらゆる側面に」については、論文内でユーザーや顧客、リーダーではなく、生活を営む人間全般の役割が対象となることが述べられている。また、コンピュータ、ソフトウェア、アプリケーション、PDA、携帯電話などを経由してだけ現れるのではなく、他のほとんどのモノに組み込まれていくだろうとされている。これは、従来アナログ商品・サービスと思われていたすべての人が作り出したモノやコトにIoTやセンサーデバイスが実装され、様々な事象がデータで管理できる環境の訪れを表している。
影響を引き起こしたり、変化をもたらすこと
「影響を引き起こしたり、変化をもたらすこと」とは、社会におけるすべてのコモディティにデジタルパラダイムが訪れることを論文で説明している。ここで重要なのは、従来の情報システム(IS)の延長で物事を考えると、システムはどんどん複雑化し、評価が難しくなるのに対して、ここで提唱されている評価手法は、どのように顧客の美的体験が向上したかを図ることである。つまり、美的体験の向上を利用者視点で測定しながら、その変化をデザインしていくことにある。これが行政のDXでいうと、住民視点であり、企業のDXでいうと、顧客視点、顧客体験価値の向上となる。
以上のように、本定義は、2004年当時にDXと言う概念を始めて提唱した際の社会のDXを表現したものであると同時に、従来の情報システム(IS)と異なり、顧客体験価値を測定しながら人間中心に社会のあらゆる要素を変革する概念である。あらためて通読しつつ、DX実現の実践的プロセスを日本で完成し、国や企業の競争力向上に活用していきたいと思う。
参考)DX実践道場におけるエリックストルターマン氏の講義「DXとデザイン思考」
【DXの定義の解説①】デジタルトランスフォーメーション研究所定義(2017年)
【DXの定義の解説⑤】エリックストルターマン氏による定義の改訂(2022年)
(荒瀬光宏)
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