アナログ時代の重要な儀式「カレンダー配り」

アナログの重要な儀式「カレンダー配り」について考える

一般的なカレンダーのイメージ

 年末になると、毎年必ず実施されてきた儀式にカレンダー配りがある。B2Cビジネスにおいてもカレンダーを印刷して顧客や取引先に配布するが、B2Bビジネスにおける企業間のカレンダー配りは、アナログ時代の象徴ともいえる年末の習慣であり、かつB2B業界の営業経験者であれば、様々なエピソードなどもお持ちの方が多いのではないだろうか。

 このようなアナログ時代の風習について考察することは、デジタルトランスフォーメーション(DX)においても有効である。つまり、第四次産業革命には過渡期があり、過渡期の成功の競争原理を理解するには、過渡期が存在する最大の理由に着目する必要があるからである。そして、第四次産業革命に過渡期が存在する最大の理由は、「アナログ時代の風習、文化を引きずった人が顧客や働き手になっていること」である。

 本稿は、「アナログ時代」をよく知る方には、「ああ、そうだった」「今でもそれやっている」などと回顧していただけて、デジタル時代に生まれたデジタルネイティブには、「え? カレンダー配りって、そういうことだったの?」と理解いただくためのコンテンツを意図している。また、このようなアナログの儀式をどう理解してDXに活かすかというヒントとなれば幸いである。

「カレンダー配り」とはどんな儀式か

いつ(WHEN)

 この儀式の実施時期は、12月上旬以降年末にかけてピークを迎える。11月に実施してもよいが、早すぎると、12月に打合せをする際に間が抜ける。逆にどうしても、1月初旬にしか渡せない場合もあるが、基本は12月末までに渡さないといけないという不文律があり、企業のマネージャーはこの儀式の進捗状況を管理することが求められる。他の時期に実施できなくもないが、翌年のカレンダーを配るという大義名分が成立しないことには苦しい。

どのように(HOW)

 「カレンダー配り」の儀式には、お作法があり、お決まりの言葉がある。これらを作法にのっとって順に消化していくことで、「カレンダー配り」の儀式は実行される。

 お決まりの作法と言葉とは、

  「今年も早いもので、もうあとXX日ですね」(1年があったという間という点は実感と一致している)

  「御社は年内は何日までですか?」(あまり興味がなくても、とりあえず聞く)

  「最終日は納会があるのですか?」(差し入れをする場合以外は聞く必要がないが、とりあえず聞く)

  「XXさんはお正月はどう過ごされるのですか?」(あまり興味がなくても、話を途切れさせないためにとりあえず聞く)

  (今年を振り返り、世相や社会に関する話題についてあたりさわりない会話をする)

  (今年のプロジェクトで停滞している件の進捗を確認し、次年度の活動計画を聞く)

  「今日はお時間ありがとうございました。お忙しい時期に押しかけてしまい、申し訳ありません」(おそらく来年も押しかける)

  「これ、来年のカレンダーよろしければお使いください」(ここでモノを手渡す。この瞬間がこのアポの主旨である)

  「本年は大変お世話になりました、来年もよろしくお願いいたします」(あまりお世話になっていなくても、決まり文句である)

  「それでは、よいお年をお迎えくださいませ」(決まり文句、意外に言いにくくて舌がもつれやすい)

 と一般的に決まっている。

  私も社会人一年目のときは、なんとも不思議な儀式だと感じた。何しろ、「カレンダーをお渡しさせてください」「年末の挨拶を」などと言ってアポをとっておいて、非常に生産性の悪い打合せを実施して、誰もおかしいと言わない点が不思議で仕方なかった。しかし、年を重ねるごとに、この儀式のスキルが身について、淀みなく行えるようになった。

どこで(WHERE)

 「カレンダー配り」は、至る所で行われる。アナログの空間すべてが受渡し場となりうるのだ。ざっと理想的な受け渡し場所から順に記載すると以下の通りである。

会議室での年末挨拶イメージ

  1. 会議室

  2. 会社のロビーや受付付近

  3. 交通機関や路上

  4. 郵送/宅配

  5. 飲食店

 一番良いのは会議室である。仕事の打ち合わせの最後にうやうやしく手渡す。しかし、タイミングよく仕事の打ち合わせが12月に入るとは限らない。そのような場合は、「カレンダー配り」を主目的とした「年末の挨拶」と称する打合せをスケジューリングし、会議室を予約し、来訪者に飲み物を出し、お作法に乗っ取って「カレンダー配り」の儀式を実行する。

ロビーや受付付近での年まs津挨拶のイメージ

 会議室が予約できない時や、この儀式をあらかじめスケジューリングする余裕がない場合には、会社のロビーや受付付近で、本儀式が執り行われる。会社の受付に人がいる場合、普段アポがないと面会できないことが多いが、受付の方もこの時期については、本儀式のことを理解されており、アポがなくても押しかけると、あまり詮索することなしに当人に連絡してくれる。連絡をうけた当人は会議中であっても会議を抜けてロビーや受付付近で簡易的な儀式を実施する。

交通機関や路上でばったり取引先と出くわす可能性が高いのもこの時期である。結果的に簡略化された儀式をその場で突如執り行うことになる。簡略化されたとは言え、儀式なので、お作法に乗っ取って行われる。普段は公衆の妨げにならないように行動しているビジネスマンも、この瞬間は儀式と相手に全集中するために、通行人の妨げになってもある程度やむを得ないという行動をとる。

郵送/宅配は最終手段である。この儀式の主旨は相手に対面で顔を見せることなので、郵送してしまうと、儀式の本懐を遂げることができない。しかし、取引先が海外の場合、遠方の場合、年始まで会えないので先に届けたい場合、遠方でなくとも直接面会する時間を作れなかった場合に郵送/宅配を実施する。

飲食店は一般的には顧客ではないのだが、よく訪問する馴染みの店にカレンダーを配布することも見受けられる。居酒屋などでは近所のお得意先のカレンダーを飾ってくれる場合も多い。キャバクラなどの接客型飲食店にカレンダーを配布するビジネスマンもいるようだが、うやうやしく受け取ってもらえるものの、店内に飾ってもらえる可能性は低く、それらのカレンダーの運命は厳しい。

誰が(WHO)

 「カレンダー配り」とは文字通りカレンダーを配る習慣である。誰が誰に配るかと言うと、顧客を持つ営業部門が顧客や取引先に配る。営業部門だけでなく、管理部門にも分配されることもある。管理部門には担当顧客が存在しないので、管理部門に出入りの業者に手渡されたり、管理部門のマネジメント層が判断して、どこかに配ることも多い。

 営業部門の中では、無駄なく印刷するために、夏が過ぎたころに各部門で何部くらい必要かのヒアリングが実施され、その数字に基づいて各部門の必要数を決定し、印刷後に部門ごとに配布される。まだ暑い時期にカレンダーの部数を聞かれてもいまいち真剣に考えることがないままに部数が決定され、あとで多すぎたり足りなかったりと言う諸問題が発生しやすい。要望を出し忘れた部門や足りなくなった部門は、追加調達のために他部門に相談に行くなど、激しい調整、交渉が行われることもある。そのため、カレンダーを無造作に机の上に出しておくことは非常に危険だ。

あいさつ回りをする上司と部下のイメージ

 営業は紙袋などに、その日1日に使うカレンダーの数を決めて持ち歩く。出張先など、会社にとりに戻る時間がない場合は、翌日分も持ち歩くこともありうる。つまり、この数を数えて、正しく予定通り配布していくロジスティクスプランニングは、この儀式を予定通りの件数こなすために重要なである。数が足りなくなると、営業は儀式を遂行できなくなる。モノを渡すというアポを取ったり、計画して実行しようとしている以上、物資が切れてしまうと、営業は儀式の大義名分を失うため、パニックに近い状態になる。

 上司と担当営業の2名で本儀式に臨む場合も多い。部下はあらかじめカレンダーの需要を数え、どの顧客に何を何冊渡すかを計画し、その計画に沿って配布する数をコントロールする。上司が多く配りすぎないように調整したり、予定外の顧客に出会って多く数を消化してしまった場合の為の予備を持つなど、上司コントロール力が試される。

 顧客にカレンダーを配ると、顧客からもカレンダーを頂ける場合がある。顧客が管理部門である場合など、顧客もカレンダーを配り終えることが使命として課せられているので、「ちょっと待っていてください。うちのカレンダーも持ってきます」と言って、カレンダーを取りに執務室に戻る場合がある。営業は少しでも早く次の顧客に行きたい場合も多く、この時間が意外にじれったいものである。しかし、顧客のカレンダーは嬉しそうに受け取ることは重要な流儀である。また、渡しただけの数の他社カレンダーを受け取ると、どれだけこの儀式を消化しても持ち物が減らない(場合によっては増える)という苦行となる。すぐに自社に受け取ったカレンダーを持ち帰れない出張先などでは、この苦行から解放されるために、営業が受け取ったカレンダーをどのように処理しているかは気になるところである。

何を(WHAT)

 この儀式には、モノが必要となる。カレンダーはそのための道具である。モノを渡すからこそ、人に会わなければならず、対面で人と会うための口実になるのだ。また、年末の挨拶+渡したいモノという相性のよい組み合わせを成立させるために、来年のカレンダーというモノが活用される。ここで言う来年のカレンダーには、様々な種類がある。

 伝統的には壁掛けの大きなカレンダーが使われる。大きく美しいカレンダーは壁にかけても見栄えがするものの、オフィスでは貼るのに妥当な場所がない場合も増えており、自宅に持って帰って利用する社員も多い。大きなカレンダーは丸めてもかさばるので、持ち歩く営業社員にとっては、かなりの負荷となるため、顧客が訪問してくる車のディーラーのようなB2Cの業態ではよく使われるが、訪問営業を実施するB2Bでは大きすぎないサイズにとどめる場合が多い。

 コンパクトさで言えば、卓上カレンダーは便利だ。個人の卓上におけるので、オフィスで使ってもらえる可能性も高く、個人で自由に書き込むことも可能だ。単に企業名を入れるだけではなく、利用者に使ってもらえることも重要である。私が東南アジアで仕事をしていた際は、東南アジアの国ごとの祭日が一覧化されているカレンダーのニーズが高かったため、日系企業が必要とする日本の祭日も含めて、日本、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシアの祭日を全部見れるものを作っていたことを思い出す。

 カレンダー以外では、来年の手帳なども同じような役割を果たした。つまり儀式で使うモノは、年内に配るべき何かであればよかったのである。当然、企業としてはコストが多くかかるものの、自社のプロモーションに貢献するように、自社のロゴや社名を入れる。しかし、企業のロゴ等の入った手帳はその企業の社員であれば利用するかと思われるが、取引先にとっては、かなりエンゲージメントの高い場合以外は、かえって使いにくく、よほどの利便性のある手帳でないと、使ってもらえる可能性は低い。その他、相手企業に出来るだけ使ってほしいという観点で、知恵を凝らしたノベルティも多く考案されたが、自社のロゴや社名を入れれば入れるほど、受け取った側には使いにくくなることが多く、一種のジレンマが存在する。

 受け取った企業側の静脈物流(儀式で使われた以降)については、まず営業が持ち帰った場合、逆に他社の営業が持参した場合ともに、各部署に用意されたカレンダー置き場に集約される。12月中は、自社のカレンダーが徐々に減っていき、他社のカレンダーが徐々に増えていくという光景である。その中でオフィスにいる社員が、欲しいカレンダーを選んで持ち帰っていく。しかし売れ残るカレンダーは決して少なくない。年が明けてしばらく経ってから、まだ引き取られないカレンダーは処分される。サステナビリティ的には、大きな問題となる資源の処分を問題視する声も増えている。

 自宅にカレンダーが引き取られる工程においては、出足が早いのはオフィスに常駐する社員であり、営業のように儀式のために外出する社員はカレンダー獲得競争に出遅れる。自分でもらってきたカレンダーだが、いつの間にか他の人に持って帰られて、どこにもないということもよく発生する。

何のために(WHY)

 この儀式、デジタルネイティブの人が見たら、なんだかとてつもなく生産性が低いことを社会全体でやっているという印象を持つかもしれない。では、この儀式は、なんのためにやっていたのであろうか。「カレンダー配り」の儀式の主なメリットを以下に挙げる。

  • 当該年度の顧客予算の使い残しや今年度中に手を売っておくべきプロジェクトなどがあれば、情報を得やすいタイミングである

  • 次年度の予算取りをしている顧客に、次年度やっておきたいアイデアをインプットしたり、予算枠を獲得するチャンスである

  • 次年度の組織や人事について早い段階で情報を得られる可能性がある

 これらは実は、いま目の前にあるプロジェクトを片付けることに集中しやすいビジネスマンにとって、新たなビジネスチャンスを見つけ、新年早々から適切な活動をし競合他社を差別化するために重要なきっかけとなる。また、人事異動の話がきけた場合は、新しいキーマンとのコンタクトを重要視したり、顧客の予算情報が聴けた場合は、自社の新年度の予算や体制などの計画に盛り込むこともできるため、貴重な情報となる。

 これらの情報収集は日常の業務では得られないのだろうか。確かに、日々打合せしている顧客からは、新しい相談があればその接点の中で聞ける可能性が多いが、半年間接点が途切れているような顧客から情報が聞き出せるチャンスを作ることに大きな意味がある。つまりお作法の中で言うと、

  (今年のプロジェクトで停滞している件の進捗を確認し、次年度の活動計画を聞く)

という部分が、この儀式の主目的であり、それ以外のお作法は儀式の為の儀式となる。なぜここで対面が必要かと言うと、上記質問を受けた時に非対面やデジタルの世界では、顧客は都合よくスルーすることができるが、アナログな世界ではスルーしにくい。対面会話のお作法というものに乗っ取り、人間は何かしらの回答をしようと試みるようスキル修得しているからだ。この人間のスキルを活用しててビジネスに有益な情報を入手しようとする行為自体がこの「カレンダー配り」という儀式なのだ。

他の国ではどうなの?

キリスト教文化の国など/クリスマスカード

 似たような儀式として思い浮かぶのは、キリスト教文化の一貫であるクリスマスカードである。これはビジネス上でもかなり使われており、世界中の国を跨いで送り合われるものだが、対面でなにか手渡す口実としては使われないという点では、「カレンダー配り」と性質が異なる。むしろ先日触れさせていただいた「年賀状」に近い風習である。

参考)年賀状のディスラプション後に残るもの

中華圏の国/月餅

企業名やロゴなどを入れて配布される月餅

 月餅は中華圏の国々で広く普及しており、個人間のほか企業間で贈答に利用される。企業名やロゴを入れることが出来、営業がうやうやしく顧客のところに持っていく点では、カレンダー配りとほぼ同じ位置づけの使われ方をしているモノである。有名ホテルやデパートの月餅を使うことにより、プレミアム感が出て、多種多様な種類の月餅が存在するために、楽しくオフィスで食することができる。カレンダーより無駄に破棄されにくいという観点ではよいのではないかと思う。

 カレンダーとの最大の違いは用いる時期である。カレンダーが年末に使われるモノであるのに対して、月餅は中秋のイベントに使われるものであり、さらに企業の贈答用と言う意味では、旧正月にも利用される。なお、私の知るほぼすべてのアジアの国は、正月を太陰暦に基づく旧正月ないし農業の都合などで意図的にずらした独自の暦で祝う。日本も、明治時代に太陰暦と旧正月が廃止され、太陽暦になるまでは旧正月であった。他の太陽的で正月を祝う国としては、キリスト教の影響を強く受けたフィリピンだが、フィリピンも近年旧正月を祭日としており、旧正月が圧倒的に優勢なのが現実だ。

アナログ時代の風習とDX

カレンダー配りからの考察

 カレンダー配りは、今目の前にあるプロジェクトを進めるだけでなく、近視眼的になりやすい働き方を次年度の活動を考えたり、棚卸したりするよい機会として活用された。もちろん生産性の低さについては、改善点もいろいろあるとは思うが、意味があって実行されていたものである。ここで重要なのは、対面で情報収集をすることの優位性である。つまりどれだけデジタルで効率化しても、アナログの優位性について理解し、必要に応じてアナログ的な手段を活用することが必要だ。OMO(Online Merges Offline)という言葉に代表されるようにデジタルでサービスや事業の全部を包み込むことによるメリットが非常に大きい中で、どこでアナログの優位性を活用するのかをしっかり設計することは重要である。何もかもデジタルにする設計はある意味正しいのだが、本当にアナログが優位な部分があれば、積極的にサービスや事業の設計に組み入れることが、より顧客の評価を受けると思われる。

 しかし、このカレンダー配りは、資源の無駄を多く産み、社員の生産性としても多くの非効率を産む。ましてやテレワークが普及してオフィスにカレンダーを貼るスペースがなかったり、オフィス自体がなくなった企業すらある中で、存在意義が問われている。

第四次産業革命の過渡期にあたって

 過渡期においては、顧客はアナログな存在であり、働き手もアナログである。この過渡期の競争原理を考える上で、デジタルで設計することとアナログをどこにどのように配置するかを考えることが重要である。当然過渡期のどのあたりかによって、これらの競争優位性のさじ加減が変わる。所属する産業の特性や自社の顧客層によっても異なる。

 すべてデジタルにするのではなく、アナログな顧客とはどのようなものか、アナログな働き手はどう行動するか、そして、アナログな儀式は何を目的としていたのか、それをリプレースするデジタルサービスや施策を考えるときには、いままでアナログ儀式がもたらしていた効能をどのように再設計し実現するかを考えることも求められるため、デジタルネイティブな皆様にはアナログネイティブを理解すること、アナログネイティブな皆様にはどのようにデジタルで再設計をするかをしっかり考えていただくスキルが求められると思う。単に生産性の低いことをやっていたアナログ時代を笑っているだけでは、そのような重要な考察はできない。デジタルの理解も必要だが、「人間理解」こそ、DXにおいて必要なスキルとなる。

参考)ビフォアデジタルの常識

(荒瀬光宏)

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